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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)7864号 判決

原告 古川一郎

被告 合同証券株式会社

主文

被告は原告に対し大阪チタニユーム製造株式会社株式二五、〇〇〇株分の株券を交付せよ。

もし、第一項の強制執行がその効を奏しないときは、その効を奏しなかつた部分につき、被告は原告に対し一株につき金一一五円の割合による金員の支払をなせ。

原告のその余の請求は、これを棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その二を被告の負担とする。

この判決は第一項に限り、原告が金八〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一、原告の申立

第一次の請求。被告は原告に対し、大阪チタニユーム製造株式会社株式八七、〇〇〇株分の株券を返還せよ。

もし被告が右株券を返還できないときは、これに代え、一株金一四〇円の割合による金員およびこれに対する昭和三十年十月二十一日以降その支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

第二次の請求。第一次の請求が認められないときは、被告は原告に対し金一二、一八〇、〇〇〇円および昭和三十年十月二十一日以降その支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言を求める。

二、被告の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

第二主張

一、原告の主張

(一)  (第一次の請求)

原告は被告会社に対し大阪チタニユーム製造株式会社の株券を消費寄託し、昭和二八年九月二五日現在において、右株数が九四、六〇〇株に達した。よつて、被告会社は原告に対し右のうち八七、〇〇〇株分の株券を返還する義務がある。

なお、右株式の昭和三一年六月二五日現在の時価は一株につき一四〇円であるから、もし被告会社が右株券を被告に返還できないときは、これに代え、一株金一四〇円の割合による金員を支払う義務がある。また、被告会社は東京証券取引所において有価証券の取引を業とする商人であるから、訴状送達の翌日である昭和三十年十月二十一日より右金員の支払済まで、商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(二)  (第二次の請求)かりに、右請求が理由がないとしても、

被告会社がその外務員として東京証券取引所に登録の上使用していた訴外神藤武雄は昭和二九年二月頃原告に対し、原告が被告会社に寄託中の株券の運用方を神藤に委任すれば、これを担保として訴外横田某より日歩三銭の利息で金員を借受け、これを証券取引所の場立の者に短期貸付をすれば、日歩九銭の利息を得ることができるから、これによつて挙げられる利益の一部を原告に支払うことができると原告を欺き、原告をしてその頃被告会社に寄託中の前記株式中三〇、〇〇〇株、同年五月頃三二、〇〇〇株合計六二、〇〇〇株を神藤が右の目的に使用することを承諾させて被告会社より原告に差入れてあつた右株券の預り証を交付させ、これによつて被告会社より引出した右株数の株券を同年十二月頃迄の間に自己のために勝手に処分した。また、原告が被告会社に寄託中の残余の株式のうち二五、〇〇〇株を、原告より右のような承諾を得ることなく被告会社より勝手に引出して自己の為に処分した。これによつて、原告はこれらの株券を失い、一株につき金一四〇円相当の損害を蒙つた。被告会社は神藤の使用者として、原告の蒙つた右損害とこれに対する不法行為の後である昭和三十年十月二十一日より完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二、被告の主張

(一)  (第一次の請求に対し)

(1)  被告会社が原告より原告主張の株券の消費寄託を受け、その株数が昭和二八年九月二五日現在において、原告主張の数量に達したことは認める。

(2)  (抗弁)しかしながら、被告会社は神藤に対し右株券を左の通り返還したのであるが、

1  昭和二九年一月二五日 二、〇〇〇株 2  同年三月一八日  四、〇〇〇株

3  同 年四月二六日  二〇、〇〇〇株 4  同年六月 八日 一〇、〇〇〇株

5  同 年七月二八日   二、〇〇〇株 6  同年八月二六日  三、〇〇〇株

7  同 年九月二〇日  二〇、〇〇〇株 8  同年九月二八日  二、〇〇〇株

9  同 年一一月一日   五、〇〇〇株 10 同年一一月一七日 一、〇〇〇株

11 同年一二月一三日   五、〇〇〇株 12 同年一二月一七日 五、〇〇〇株

13 同年一二月一八日     六〇〇株 14 同年一二月二二日 七、四〇〇株

(イ) 神藤は原告との間に、昭和二九年二月頃、神藤が原告所有の被告会社保管中の右株券三〇、〇〇〇株を他に担保に供する等の方法により利用し、原告に対し一定の対価を支払う旨の契約を締結し、また、同年五月中旬頃さらに右株券三二、〇〇〇株を前同様の約定で利用する旨の契約を締結し、その際、それぞれの株数の株券につき原告の代理人として被告会社よりその返還を受ける旨の代理権の授与を受けた。

その余の株数の株券についても、これを原告の代理人として被告会社より返還を受ける旨の代理権の授与を受けた。

以上の事実は、原告が神藤をして被告会社が原告より本件株券の寄託を受けるに際し発行した預り証を全部所持せしめていた事実や昭和二九年一二月二二日原告と神藤との間に、神藤が右により被告会社より返還を受けた右株式八七、〇〇〇株分の株券につき、改めて公正証書をもつて株券貸借契約を締結した事実などによつても明らかである。

かりに、原告が神藤に対し右代理権を授与しなかつたとしても、原告は被告会社に対し株式取引の委託、株券の寄託等をするにつき、被告会社の店頭においてこれをすることなく、すべて被告会社の外務員である神藤を自己の許に招致し、神藤を通じて行つていたが、そのような情況の下に原告と被告会社との間になされた株式取引、株券寄託等に関する法律行為は、神藤が原告の代理人としてなされたものとみなすべき商慣習があるところ、原告も被告会社もこの慣習に従う意思をもつてこれをなしたのであるから、右株券の返還についても、神藤が原告を代理する権限を有していたものである。

かりに、以上の抗弁が理由がないとしても、上述のように神藤が被告会社に対する株式取引の委託については原告を代理する権限を有していたが、神藤が被告会社より原告に差入れてある預り証を提示して被告会社より原告に差入れてある預り証を提示して被告会社に対し本件寄託株券の返還を求めたので、被告会社は神藤に株券の返還を受けるについても原告を代理する権限があるものと信じたのであり、かく信ずるにつき正当の理由あるものというべきである。

以上の理由により、被告会社の神藤に対する前記株券の返還は、原告に対しその効力を生じたものである。

(ロ) かりに右主張が理由がないとしても、

被告会社が原告より本件株券の寄託を受ける際、原告に交付した預り証は一種の免責証券であつて、受寄者はその所持人に対しこれと引換に寄託株券を交付すれば、たといその所持人がこれを受領すべき権限を有しなくても、受寄者はこれにより寄託者に寄託株券を返還すべき義務が消滅するものである。被告会社は前記のように神藤に本件株券を交付するに際し、右預り証と引換にこれを交付したものであるから、被告会社の本件株券返還義務は消滅した。

(ハ) かりに右主張が理由がないとしても、

証券会社が株券の寄託を受けて寄託者に対し預り証を発行した場合は、その預り証と引換でなければその返還に応ずる義務のない商慣習があるところ、被告会社は原告より本件株券の寄託を受けるに際し、前記のように預り証を発行したから、これと引換でなければ本件株券の返還に応じられない。

(二)  (第二次の請求に対し)

(1)  神藤が東京証券取引所に登録済の被告会社の外務員であることは認めるが、被告会社の使用人であるとの点は否認する。証券会社の外務員は、証券会社とは雇傭関係にあるものではなく、独立した株式売買の勧誘業者である。このことは、証券業者はその外務員に対し一定額の給与を支払うことなく、単に顧客が証券業者に支払う証券取引所所定の株式売買手数料の一部を、証券業者より外務員に手数料として支払うにすぎないこと、右手数料収入については、外務員は所得税法第九条第一〇号に定める雑所得として税務署に対し自ら確定申告することを要し、証券業者は手数料支払の際所得税法第四二条二項によりその一割を源泉徴収するのみであつて、同法第三八条により給料より源泉徴収することを要する他の雇傭人とは税法上も異つた取扱を受けること、および外務員は失業保険強制加入の適用を受けないことなどによつても明らかである。なお、原告主張のその余の事実は知らない。

(2)  (抗弁)かりに、原告主張の事実が認められるとしても、原告は神藤よりその不法行為により受けた損害の一部の賠償として、金九六〇、〇〇〇円を受取つたものであるから、少くともその範囲において原告の主張は理由がない。

三、原告の主張

(一)  (第一次請求の抗弁に対し)

かりに、原告が神藤に対し被告会社寄託中の本件株券のうち、六二、〇〇〇株につき、被告主張のようにその返還を受けて処分することを承諾したとしても、神藤が被告会社より返還を受けた株券の一部は右承諾前に返還を受けたものであり、また、その承諾後に返還を受けたものも、原告が右承諾をなした際神藤に対し交付した被告会社発行の右株券預り証と引換でなく返還を受けているから、訴外神藤が被告会社より本件株券の交付を受けたのは原告の代理人としてなしたものではない。

(二)  (第二次請求の抗弁に対し)

原告が訴外神藤よりその不法行為に対する損害の一部の賠償として九六〇、〇〇〇円を受取つたことは認める。

第三証拠〈省略〉

理由

原告は被告会社に対し大阪チタニユーム製造株式会社株券を消費寄託し、昭和二八年九月二五日現在においてその株数が九四、六〇〇株に達したことは当事者間に争がない。

被告は右寄託株式のうち、原告が本訴において返還を求める八七、〇〇〇株はすべて原告の代理人訴外神藤武雄に返還したと主張するので、この点について判断する。

証人遠藤太嘉江、同市村九郎(第一回)の証言によりその成立を認めることができる乙第一一号証の二、四ないし一〇、乙第一二号証の二ないし六、乙第一四号証の二、三に、証人遠藤太嘉江、市村九郎(第一回)、神藤武雄(第一、二回)の各証言によれば、被告会社は原告の代理人名義での神藤武雄に対し、右寄託株式の返還として大阪チタニユーム製造株式会社株券を左記の通り合計八七、〇〇〇株分を交付したことが認められる。

1   昭和二九年一月二五日 二、〇〇〇株 2  同年三月一八日  四、〇〇〇株

3   同年四月二六日   二〇、〇〇〇株 4  同年六月八日  一〇、〇〇〇株

5   同年七月二八日    二、〇〇〇株 6  同年八月二六日  三、〇〇〇株

7   同年九月二〇日   二〇、〇〇〇株 8  同年九月二八日  二、〇〇〇株

9   同年一一月一日    五、〇〇〇株 10 同年一一月一七日 一、〇〇〇株

11  同年一二月一三日   五、〇〇〇株 12 同年一二月一七日 五、〇〇〇株

13  同年一二月一八日     六〇〇株 14 同年一二月二二日 七、四〇〇株

そして、証人神藤武雄の証言(第一、二回)および原告本人尋問の結果によれば、神藤武雄は被告会社の外務員として、原告が被告会社に対し株式の売買を委託しまた右株券を寄託するにつき、その勧誘、手続等の事務に従事していたが、原告が被告会社に委託して行つた株式の投機売買により約二、〇〇〇、〇〇〇円の欠損を生じこれを被告会社に補填しなければならなくなつたところから、昭和二九年三月一四日、原告に対し「訴外横田某に対し原告が被告会社に寄託している前記株式の一部を担保に供して同人より金員を借受け、これを株式の投機売買を行う人に対しその証拠金に使用するために貸付ければ高率の利息の支払を受けることができて、横田某に対する債務の利息と、被告会社に対し支払わねばならない前記二、〇〇〇、〇〇〇円の損金の遅延利息を控除してもなお相当の収益を挙げうるのみならず、右の遅延利息の支払により前記二、〇〇〇、〇〇〇円の損金支払の猶予を受け、その間、原告の手持株の株価の上昇を期待し、これを処分して損金の支払に充当することが有利である」と説き、「原告が被告会社に寄託している前記株式を右のように運用することを自分に委かせられたい」と申し出で、原告よりその承諾を得、よつて同日右株式三〇、〇〇〇株を(右日時の点に関する証人神藤武雄の証言は信用しない)同年五月中旬に右株式三二、〇〇〇株を被告会社より返還を受けることにつき代理権を授与されたことを認めることができる。

そうすると、前認定の神藤が被告会社より交付を受けた、2、ないし8の株券および9、の株券のうち一、〇〇〇株券は原告に対する右寄託株券の返還としての効力を生じたものである。原告は、被告会社の神藤に対する寄託株券の交付は、原告に対し発行した右寄託株券の預り証と引換になされたものではないから、これをもつて原告に対する返還とはならないと主張するが、被告会社はその寄託株券を寄託者に返還するについては、その受領の権限ある者に対しこれを交付すればその効力を生ずるのであつて、預り証を回収するのは、単に過誤を避けるため事務手続上の便宜のために行うにすぎないから、原告の右主張はその理由がない。

つぎに残金の二五、〇〇〇株分の株券の交付が原告に対し効力を生じたか否かについて判断する。

証人市村九郎の証言(第二回)によりその成立を認めうる乙第八号証ないし第一〇号証が被告会社の手許にある事実に、同証言および原告本人尋問の結果によれば、被告会社は昭和二九年一二月二二日被告会社が原告に発行した前認定の寄託株券の預り証(二五、六〇〇株分)を神藤より返還を受け、これにより原告の手許には前認定の寄託株券に関する預り証が皆無となつたことが認められる。また、その成立に争のない乙第二六号証によれば、右同日、原告が、神藤との間に、大阪チタニユーム製造株式会社株券八七、〇〇〇株を賃貸した旨の公正証書か作成された事実を認めることができる。これらの事実によれば、あたかも、原告が神藤をして寄託株式八七、〇〇〇株全部を被告会社より返還を受けしめたかのように思われる。しかしながら、証人神藤武雄の証言(第一回)と原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和二九年一二月中旬頃、神藤に対し被告会社に寄託中の株券全部の返還を請求したところ、神藤より同人が原告の寄託株券の大部分を既に被告会社より返還を受けて他に処分し、現に七、六〇〇株分を残すのみであることを告げられ、やむなく、その残存株式を回収するために、右預り証を神藤に交付して右残存株式の返還を請求したものであつて、この預り証を交付したことは右七、六〇〇株の株式(これは本訴請求の対象となつていない)以外の分についてその返還を受ける代理権を授与する趣旨ではなかつたことが認められる。また、右証拠によれば、原告に神藤の行為により原告の株券を喪失したことによる損害の一部を神藤等の所有する不動産により賠償を受けることを目的として、右の株券賃貸借契約およびその賃貸株券の返還不能の場合の損害賠償義務の履行の担保として神藤等の所有する不動産を原告に譲渡する旨を内容とする前認定の公正証書を作成したものであつて、右公正証書記載の株券について真実賃貸借契約をする意思は全然なかつたことが認められるから結局前記証拠は、原告が残余の二五、〇〇〇株分の株券の返還を受けるについて神藤に代理権を授与したことを認めるのに役立たないその他、右代理権の授与を認めるに足る証拠がない。

被告は、原告が被告会社に対し株式取引の委託、株券の寄託をなすについて、被告会社の店頭に出向くことなくすべて神藤を自己の許に呼び寄せた上、同人を通じてこれを行つていたが、このような情況の下に原告と被告会社との間になされた株式取引の委託、株券寄託に関する法律行為は、神藤が原告の代理人としてなしたものとみなすべき商慣習があると主張するが、そのような商慣習のあることは認められないから、右の主張はその理由がない。

つぎに、被告は、神藤が原告を代理して被告会社より株券の返還を受ける代理権があると信ずべき正当の理由があり、ことに原告が、神藤に対し本件株券を被告会社に寄託した際、被告会社より交付を受けた預り証を神藤に所持せしめたことは、被告会社に対する右代理権授与の表示に当ると主張する。しかしながら、一般に証券会社の外務員が、当該証券会社の株券保管係をして顧客の寄託した株券を出庫せしめる場合、予め顧客より株券預り証を受取つてそれを株券保管係に提出し、これと引換に保管係より株券の出庫を受ける方法によると、預り証と引換でなく株券保管係より株券の出庫を受け、顧客に対し株券を引渡す際預り証を受取る方法によるとを問わず、当該証券会社の使者として、当該証券会社より寄託者たる顧客に株券を返還する手続を執行するにすぎないのが通常であつて、前認定のように顧客との間の個人的な契約により保管株券の運用を委かせられ、そのために株券の返還を受けるなど、顧客との間の特別の関係により、特に顧客の代理人として株券保管係より株券の返還を受けることは極めて稀な例外に属する。そうすると、証券会社は外務員より保管株券の出庫を請求された場合、これがその例外の場合に属するか否かはその都度慎重に判断することを要するのであつて、外務員が顧客に対し発行した保管株券の預り証を所持している事実により直ちに当該外務員が顧客より株券受領の代理権を与えられているものと考えることは早計に失するものといわなければならない。現に、証人市村九郎の証言(第一、二回)によりその成立を認められる乙第二ないし第一〇号証に、右証言および証人神藤武雄の証言(第二回)によれば、被告会社より神藤に対する寄託株券の交付は前認定のように十数回に亘つて行われたのにかかわらず、その預り証は昭和二九年五月二〇日および同年一一月一八日にそれぞれその全部が一括して返還され、寄託株式の現在高に一致した預り証が引換に原告に差入れられ、最後に同年一二月二二日一括返還されるという方法がとられたものであつて、株券の交付は必ずしも預り証の提示引換を伴つていないことが認められるから、被告会社自身も本件の場合は訴外神藤の権限を判断するについて預り証の所持にさほどの重要性をおいていなかつた事情がうかがわれる。これらの点を総合して考えると、被告主張の事実は、被告会社が訴外神藤に寄託株券の返還を受けるべき代理権があると信ずるについての正当の理由に当るとはいえない。また、以上の点を考えると、顧客が外務員に対し預り証を交付したことをもつて、直ちに証券会社に対し当該外務員を株券受領の代理人とする旨を表示したものと解することのできないのはいうまでもない。よつて被告のこの点に関する主張もその理由がない。

なお、被告は、証券会社が顧客より株券の寄託を受けた際、顧客に交付する預り証は、その所持人に交付すれば債務を免れる免責証券であること、および、証券会社は預り証と引換でなければ株券の返還の義務のないものであることを前提とする主張をしているが、証券会社が顧客より株券の寄託を受けた際、顧客に交付する預り証は単に株券の寄託の事実を証する証拠書類にすぎないのであつて、被告主張のような性質を有する証券であるとは解せられないから、この点に関する被告の主張もその理由がない。

よつて、原告の第一次の請求は、その主張の株式二五、〇〇〇株分の株券の返還を求める部分は正当であり、六二、〇〇〇株券の返還を求める部分は失当である。

なお、本件口頭弁論終結の日である昭和三一年一〇月一日現在において大阪チタニユーム製造株式会社の株式の東京証券取引所における取引相場が一株につき金一一五円であることは顕著な事実であるから、原告は被告に対し、右株券返還の義務につき強制執行がその効を奏せず、被告の右義務の履行のできないことが明らかとなつたときは、これに代るべき損害賠償として右履行不能の株数につき一株金一一五円の割合による金員の支払を求める限度において、原告のこの点に関する請求は正当である。原告はさらに、右金員につき訴状送達の翌日より年六分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、遅延損害金は、右の金員の履行期到来後、原告の催告により遅滞に附せられた後でなければ、これを求めることができないものであるから、この点に関する原告の請求は失当である。

つぎに、原告の第一次の請求中、その主張の株式六二、〇〇〇株分の株券の返還を求める部分は失当と判断するので、その部分に照応する原告の第二次の請求について判断する。

訴外神藤武雄が原告に対し前述のようなことをいつて、被告会社に寄託中の株式のうち、六二、〇〇〇株分の株券の運用を自己に委託せしめたことは前認定のとおりである。原告はこれを被告会社の使用人である訴外神藤が原告に対して加えた不法行為であるから、被告会社がこれによつて生じた原告の損害を賠償する義務があると主張するが、原告と訴外神藤との前認定の契約は、訴外神藤が被告会社の外務員としての業務に関しなされたものでなく、訴外神藤の個人としての契約であると認めるべきであるから、これにつき被告会社が責任を負うべき限りではない。よつて、その余の点について判断するまでもなく原告の第二次の請求は失当である。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 坂井芳雄 宍戸清七)

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